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全7件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  |  《前のページ |  次のページ》 

連続フルイニング終了

 投稿者:瓦町P助  投稿日:2010年 4月19日(月)20時46分26秒
  右肩痛に苦しむ阪神金本知憲外野手(42)が18日の横浜戦(横浜)で、先発から外れた。99年7月21日から10年以上続けてきた世界記録の連続フルイニング出場は、1492試合で途絶えた。試合前ブルペンにこもり、ガチガチにテーピングで固められた右腕で懸命にスローイングの練習を行ったが「投手に迷惑を掛ける」と判断。出場を促す周囲を押し切り「勝利優先」の美学を貫いた。

 その場に居合わせた多くのファンが、耳を疑ったに違いない。「4番サード新井」。試合前の先発メンバー発表に、金本の名前がない。大きなどよめきが球場を包み込んだ。最後まで金本の名前はアナウンスされなかった。

 ついに訪れたベンチスタート。10年以上、1万3686イニング、グラウンドに立ち続けた。時間にして4884時間14分の大記録に、金本自らがピリオドを打った瞬間だった。1500試合出場まで、わずか8。ほんの少し、わがままを言えば達成できた。それでも鉄人と呼ばれた男は、淡々と振り返った。

 金本 最後まで監督、ヘッド(木戸ヘッドコーチ)は(試合に)出ろや、出てくれという感じだった。でもこれ以上出てもチームに迷惑を掛けるし、特に投手に、あのスローイングじゃ迷惑を掛けている。勝つための手段として、僕は外れるということを(首脳陣に)伝えました。

 骨折しても片手でヒットを打った男だ。最後の最後まで先発出場の道を探った。午前11時過ぎに球場入りし、試合前練習中に3度、真弓監督を含めた首脳陣やトレーナーらと右肩の状態を確認。何とかいける--。そう信じて、打撃練習後にはブルペンに足を運び、木戸ヘッドコーチらが見守る中、20分以上もキャッチボールを行った。

 3月のオープン戦でノック中に味方選手と接触した。実は、球団関係者が「完全に治すには手術が必要なレベル」と言うほどの重症だった。痛みがひどい時は右肩を上げられず、洋服を着ることすら苦労した。その影響で打率も1割台、打撃30傑の最下位。痛み止めが効かない時は、座薬を入れてまでプレーした。それでも、決して故障のせいにはしなかった。

 金本 最後の悪あがきでテーピングしてみたけど、ダメだったからそこでね。ブルペンで(先発落ちの決断を)した。監督も最後まで粘って出てくれやという感じだった。その気持ちはすごくありがたかった。

 ブルペンに向かう前にはトレーナー室にこもり、右肩に可能な限りのテーピングを施した。最善の努力を尽くしたがダメだった。投げられない。痛みというより、チームを思う気持ちが自らの大記録をストップさせた。ブルペンを出て監督室へ直行。出場を促す周囲を押し切り、先発落ちを直訴した。勝利を第一に考える金本らしい「引き際」だった。

 8回に代打出場。二ゴロに終わったが、この日一番の歓声を浴びたのは、チームが勝利を収めた瞬間ではない。紛れもなく、この男に送られたものだった。過去2年は左ひざ手術の影響で思い通りのトレーニングを積めなかったが、今年は懸命に下半身強化に時間を割いた。「今年は準備する時間があった。1年を戦う上で(体力の)貯金はできた。万全の状態で臨める」。自らに最も期待したシーズンだった分も、悔しさは大きいはずだが、最後まで表面には出さなかった。
 

久保打たれまくり

 投稿者:瓦町P助  投稿日:2010年 3月18日(木)19時06分30秒
   横浜の橋本が1号2ランを含む3安打3打点で存在感を示した。1番候補の石川が3安打、村田が3号2ランと打線は活発だった。阪神先発の久保は制球が甘く、6回を13安打8失点。マートンは先頭打者アーチなど2安打を放った。


 ◇オープン戦

 横浜-阪神(13時、横浜、8620人)

阪 神 110 001 000-3

横 浜 420 020 01×-9

▽勝 ランドルフ3試合1勝

▽敗 久保2試合1勝1敗

▽本塁打 マートン2号(1)(ランドルフ)村田3号(2)(久保)新井1号(1)(ランドルフ)下園1号(1)(久保)橋本1号(2)(久保)
 

マートン飛ぶ飛ぶ

 投稿者:瓦町P助  投稿日:2010年 2月 3日(水)19時09分33秒
  ・マット・マートン外野手(28)=ロッキーズ=が2日、来日初の屋外フリー打撃で推定飛距離145メートルの特大弾を放った。中距離打者の前評判を覆す圧倒的な飛距離に、巨人、中日など他球団のスコアラーも仰天したが、真弓監督は定位置確約の判断を保留。昨年、早々にメンチを「正右翼手」に決めたことで失敗した経験を踏まえ、慎重な姿勢を貫いた。一方、ランディ・メッセンジャー投手(28)=マリナーズ=は切れ味抜群のスライダーを披露。退団した中継ぎのアッチソンの後任としての実力を見せつけた。

 バックスクリーンのわずかに左。約7メートルの高さに張り出した松の木の枝が、マートンの仰天アーチの着弾点だった。障害物がなければ、どこまで飛んだかわからない。芝生の観客席へぽとりと落ちた打球を見て、ライバル球団の007が、一様に首をひねった。

 「アベレージタイプのバッターじゃなかったの? イメージと違うよ。あれだけ飛ばされたら、困るよ…」。巨人・田畑スコアラーが頭を抱えた。前評判は中距離砲。ところが、67スイングで3連発2度を含む13本のサク越えを放った来日初のフリー打撃。破壊力という強力な武器を併せ持っていることを示した。

 実は、伝説的左腕を打ったこともあった。「去年、ランディー・ジョンソンからホームランを打ったんだ。小さい頃から見ていたし、(将来)殿堂入りするような選手。すごくうれしかったよ」。メジャー通算303勝。昨年限りで現役引退したビッグ・ユニットの球を、スタンドまで運ぶ力を隠し持っていたのだ。

 一発のある1番打者。「(現役時代の真弓)監督みたいなタイプもある。1番から、ガツンとやるような、ね」。求めるトップバッター像のひとつとして、和田打撃コーチは指揮官の名を挙げた。「今季の1番決定!!」のムードは漂っていた。

 ところが…。「コンパクトに振っていたし、飛距離も出ていた」と話し始めた真弓監督だったが、背負った“トラウマ”が、これ以上の判断を踏みとどまらせた。「メンチも(最初は)よかった。試合を見てみないとね」と評するにとどめた。

 ちょうど1年前、キャンプイン早々新外国人・メンチに開幕スタメンを確約した。ところがシーズンではわずか15試合の出場で打率1割4分8厘、0本塁打、2打点。5月18日に出場選手登録を抹消されると、二度と1軍に姿を現さなかった。

 ブラゼルや球団関係者らを通して日本の文化を調査し、この日は打撃ケージに入るたびに一礼した。日本の習慣もしっかり取り入れた新助っ人。破壊力抜群の打撃に、まじめな人間性。しかし、さらに、決断に二の足を踏む将の苦い記憶を吹き飛ばす活躍も求められている。
 

星野SD続投

 投稿者:瓦町P助  投稿日:2009年12月18日(金)09時23分3秒
  本社、フロント、現場が挙党一致して、覇権奪回を目指す虎の来季-。そこには当然、“闘将”の存在も、不可欠だ。すでに延長する方向で進んでいた星野SDとの契約が、ほぼ完了したことが、わかった。

 「(契約は)事実上、済んだといっていいです。後は書類上のやりとりを残すだけなんで。権限? 変わりません。これまで通り、サポートしていただきたいと思います」と球団関係者。2003年のシーズン後に監督を勇退し、SD職に就いてから、来季で7年目。4位から巻き返しを期す2010年は、その力がより、クローズアップされるシーズンとなる。

 攻守に“化学反応”をもたらす城島が加入し、嫌が応にも期待が高まる来季は、チームの様相が様変わりする。助っ人陣も、ブラゼル、ジェンを残して一掃。メッセンジャー、フォッサムという左右の投手に、『ポスト・赤星』としてマートンを相次いで獲得した。今オフの補強は当面“打ち止め”状態。しかし、危機管理の意識は、高まるばかりだ。

 今後の補強について問われた南球団社長は、「来年は勝負の年。先発投手でも、新外国人でも、もしキャンプでアカンとなったら、すぐに動けるように準備をしていかないといけない」と、表情を引き締めた。

 綿密な調査で獲得した助っ人でも、もしもの場合は、期待を込めて“待つ”余裕などない。新外国人に限らず、先発投手や外野手など、ウイークポイントといわれる部分で満足な布陣が組めないと判断すれば、すぐさま新戦力の獲得へ動く。外国人や、トレードの模索…。そのスピードこそ優勝へのカギだけに、星野SDの手腕と人脈は、不可欠というわけだ。

 中日監督時代、そして阪神監督だった02年オフの血の入れ替えなど、大胆で敏速なチーム強化への動きは、星野仙一の代名詞。闘将とともに、虎のフロントは常に“ファイティングポーズ”。万全体制で、真弓阪神の2年目をサポートする。
 

君が駆け抜けた日々を忘れない

 投稿者:瓦町P助  投稿日:2009年12月10日(木)20時31分11秒
  赤星憲広外野手(33)が9日、日本シリーズ優勝の夢をチームメートに託した。けがによる現役引退の無念と現役への未練を赤裸々に口にした。チームに走塁革命を起こしたスピードスターは、プロ9年間の印象的な出来事として、4連敗でロッテに敗れた05年の日本シリーズを挙げた。プレーヤーとしてリベンジの道を断たれ、残された仲間に夢の実現を期待した。真弓明信監督(56)をはじめ金本、城島らは背番号53の引退を惜しんだ。

 情熱が消えていなくても受け入れるしかなかった。赤星は、現役に別れを告げる会見で赤裸々に胸のうちを語った。「完全燃焼できていない。まだできるという気持ちが強くて、けがさえなければと」と言った。

 もう飛べなかった。9月12日横浜戦で捕球を試みた際にダイブし首を負傷。「両足が動かなくて、倒れたままボールが投げ返されるのを見た。今まで気持ちで乗り越えてきた。今回のけがは気持ちでカバーできる部分じゃなかった」。ただ原因のプレーには「夢にも何度も出てきた。ただ野球人の本能でやったこと。後悔していない」とはっきり言った。

 もう改革者として先頭に立てない。新人だった01年から5年連続盗塁王。現役トップの通算381盗塁は球団歴代1位、プロ野球歴代9位。盗塁成功率は歴代3位の8割1分2厘を誇る。広い守備範囲と高い出塁率で2度のリーグ優勝に貢献。「僕に本塁打は打てない。皆にホームにかえしてもらう快感を感じていた」。スピード重視のスタイルがチームカラーのつなぐ野球を加速させた。就任2年目の野村監督の用兵術にもはまり、地位を確立した。「僕が入るまでそういうチームではなかった。いい意味で走塁改革できたと思う」と胸を張った。

 もう夢を追いかけられない。仲間には前日8日に電話で決断を伝えた。ほとんどが絶句し、驚き「もう1度話し合おう」と翻意さえ促した。ただ事前に遠回しに伝えた金本からは「そうか。そういうふうにしたんだな」と言われた。「05年の日本シリーズで(ロッテに)4連敗して完全な力負けをした。あの悔しさがあるからやってこれた。それをせずにやめるには悔いがある。日本一の夢を皆にたくすしかできない」。

 今も腕にしびれが残っている。この日の会見では「実感がわかない」と10回以上言った。「野球をやっている時はしたいことを考えなかった。野球以外のこともやってみたいし、機会があれば将来的に経験を生かして(指導者に)と思う。ただ今の状態では無理。体を治したい」。決断を下したレッドスターは静かに羽根を休める。
 

(無題)

 投稿者:虎党(T_T)  投稿日:2007年11月25日(日)18時20分7秒
  狩野  

無題

 投稿者:羹(管理人)  投稿日:2002年 5月20日(月)23時32分20秒
  さぁどんどん書きましょう(笑
 

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